鉄二の日記

「父が倒れた!」…その日は突然、誰にでもやってくる【鉄二の日記その1】

忙しくも穏やかな日々…

その日々は家族が「倒れる」ことから突然、バタバタと状況は変わります。

我が家で、それが起きたのは2012年晩秋でした。

え?認知症のブログなのに「倒れた」と言うのはおかしいと思った方も多いはず。

そう、父・鉄二と家族との認知症との闘いの日々のスタート地点は「倒れた」ことからがスタートだったのです。

認知症なのに「倒れた???」

「お父さんが倒れた!」

そんな電話が私の電話にかかってきたのは2012年の秋も深まったころでした。

私がいたのは都会から離れた郊外。趣味の遊びに行っているときにかかってきた電話でした。

父が倒れる…

ドラマや周囲ではよく聞くセリフですが、30代前半で、当時はまだ元気と信じていた父が倒れるという事実に、思った以上に強い狼狽を私はおぼえました。

…すわ、脳梗塞?くも膜下出血?それとも心筋梗塞?…死ぬのかオヤジ!?

様々な憶測とざわめきが心と体を駆け巡りました。

しかし、その時の父・鉄二に脳や心臓への即時的かつ物理的なダメージはなかったことはこのブログをお読みになっている方ならもうおわかりでしょう。

そう、「倒れた」と聞いた当初は、父が認知症であることなんて言うことは考えもしていなかったことなのです。

今となっては信じられませんが、家族の誰しもが予想もしていませんでした。

暴漢に殴られ財布を盗られた!!!

倒れたその日に、すぐさまかけつけた母から入ってきた情報は衝撃的でした。

なんと、父は「暴漢に殴られ失神している間に財布を盗られた!」と話していると言うのです。

なんでも、昨晩、居酒屋に行って、ほろ酔いで帰ったその夜、突然誰かに殴られた。

そして、ハッと気づいた時には部屋の中で倒れていて、自ら母に電話をしたと…

そうです。あなたもお気づきかと思いますが、もちろん暴漢などに襲われたことなんてありませんし、そもそも財布も盗られたりしていませんでした。

ない!ない!ない!財布がない!

そもそもの前提として、父・鉄二はこのころ自宅とは別に仕事部屋を借りていました。

60を過ぎて、子供たちも巣立ち、仕事もひと段落。

一つの夢として自分の仕事場を改めて確保し、ゆっくりと自分のライフワークとしての仕事をしたいという思いを実現していたのです。

実際はどのような生活をその仕事場でしていたのかは今となっては、私にとっては藪の中なのですが、少し大きなお金も入ったこともあり、人生のセカンドシーズン改めてスタートしていました。(と、家族は思っていた…)

そんな仕事場は自宅からは1時間強ほどかかる、首都圏だけど静かな田舎町といったところにありました。

その部屋に母が駆け付けたところ、父は頭を打ち寝込んでいたそうです。

頭と言うことですぐに病院へ。

精密検査を行ったところ、初見では特に異常はなし。(たんこぶ程度)

痛みがあったことから父は「暴漢に殴られた!」と何回も繰り返し、そして、何度もパニック状態のようになり「財布がない!」と血相を変えて探し回っていたそうです。

ですが・・・・・・

「あら、ここにあるじゃない」

と、母は机の上にポンと置いてある財布をすぐに見つけることができました。

この「財布がない!」問題はこの後もなんどとなく母を困らせる父の悪癖となりました。

とにかく、目の前にあるものを見つけることがなぜかできなくなってしまったのです。

お父さんがおかしい

気付いた時には進行している…

病気や症状といったものは、バンッ!と事故的に突然やってくるものもありますが、認知症のように気付かないうちに進んでしまっていることがあります。

父がそうでした。

「お父さん、最近、ニュースとかに疎いのよ」

「お父さん最近、なんか話が面白くなくなったのよ」

「最近、お父さんがおかしいのよ」

「変なのよ」

一緒に暮らしている母のちょっとした気づき。

なんていう、ちょっとした加齢による衰え、そして物忘れのような話はよく出ていました。

明らかに「これは、おかしい…」と言うことがあなたの身近な人にいたらちょっと注意してみてください。

それは、認知症をはじめ、何かの病気のサインなのかもしれません。

兆候はあったのか?

そんな話もこの「鉄二の日記」にて書いていきたいと思います。

 

父・鉄二65歳の秋の話でした。

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